御堂筋税理士法人創業者ブログ

ディオン・クリュソストモス

という人の弁論集を読んだ。

この人はローマ帝政初期

五賢帝の一人、

トラヤヌスとゆかりのあった

弁論家・思想家だったらしい。

その王政論は、なかなか興味深い。

善き王とは、というくだり、

「治められる者を教え導き、

 彼らのためにおもんばかる…
 

 できるかぎり自分と臣下の者

 のために心を配りつつ、

 民の本当の牧者、羊飼い

 になるためなのであり、

 ある人(プラトン)も言うように

 宴の主や客になるためではない。

 くつろぐ暇もないゆえに、

 夜中、自分に眠ることすら許さない、

 という人間になるためなのだ。…」

「だからホメーロスもいうように、

 よこしまで放縦で

 貪婪(どんらん)な者は、

 けっして自分をも他人をも

 治め支配することはできず、

 またけっして

 王になることもないだろう。」

まず、そういう基本の

要件と心がまえが要る。

なぜだろうか?

そして、では

どのようにふるまえば

いいのだろうか?

「まず初めにそういう王は、

 神々のことを心がけ、

 神的なるものを崇めている。」

「正しい善い人間は、

 最も正しく優れた存在たる

 神々以外には

 信を置くことができないのである。」

ここで、王の権威、

なぜ王たるのかのゆえんを

自らの存在の源たる

より大きなもの、

つまり神々においている。

その後も

こうした王の権威は

神から授さずけられている

という考え方は

連綿として長く

われわれの考え方に

ありしつづけたが、

わたしが

気づかされたことは

自分には、

そうした敬虔な見方が

欠けている点である。

世の社長さんの中には

神様に帰依して

お参りやお祈りを欠かさず、

さらに、ご奉仕としての

下座業(トイレ掃除など)

に励んでいらっしゃるのを

拝見しながら

いまひとつ客観視していたが

その思いのみなもとが、

なるほど!と

すーっと心に沁み込んだ。

「他方、悪い人間であるのに、

 神々に気に入られている

 と考えるときがある者は、

 まさにこの最初の点において

 敬虔ならざる人間である。

 なぜなら、

 神的存在を無知な者と、

 あるいは悪しき者と

 みなしているからである。」

 「神々の後に彼は、

  人間のことを心にかける。

  善い人々を尊び愛し、

  すべての人間に配慮する。」

「恩恵を受ける者よりも

 大きな喜びを、

 彼は、恩恵を与えることで味わう。

 

 そしてこの快楽に関してだけは

 飽きることがない。

 王の務めにかかわる他の事柄は

 余儀なくするものと考えるが、

 恩恵の施しだけは、

 自ら進んで行なう

 幸せな行為と思っているからである。

 そして善いものは、

 それが無尽蔵であるかのように、

 惜しみなく与え、

 禍は、太陽が闇の原因にならない以上に、

 それを引き起こさない性質に

 生まれついている。…」

「どんな場合でも、

 より優れたものは、

 より劣ったものの面倒を見つつ

 支配するという務めが

 神々から課されている。」

まさに社員の皆さんに接する場合の

基本的な姿勢と行動であろう。

さて、次に考えさせられたのは

役員や幹部の皆さんとの

交誼と礼を尽くした遇し方である。

「自分の近くにいて

 友人と称されている人々に

 敬意を払わず、

 皆が、彼らを

 幸せな羨ましい人間と思うように

 してやる配慮をしない王がいたら、

 彼は、知らず知らずのうちに

 自分と自分の王国との

 裏切り者になっているのだ。

 …誰が友人ほどに労苦を、

 そうすべきときに、

 進んで引き受けるだろうか。」

「誰よりも、王の近くにいて

 治政を共同で管理する者たちが、

 当然ながら、

 最も強い力を持つことになるが、

 そういう者たちに対する防護は、

 彼らから愛されること

 以外にないのである。」

「友人といっしょに

 最も辛い不幸を耐えることのほうが、

 最大の幸運を

 一人で耐えることよりも容易なのである。」

(けだし名言である)

「全体のなかから

 友を選択する者は、

 ニサイオンの馬が

 テッサリアのそれよりも

 良いので送らせたり、

 インドの犬を

 取り寄せたりするのに、

 人間だけは

 近くにいる者しか用いない

 ということをおかしいと見なすのだ。」

そのとおり!

人材は広くもとめなくては!

「忍耐とは労苦ではなくて

 安全をもたらすものと考えている。

 快楽を労苦によって高め、

 このことによって

 より大きくなった快楽を収穫する。

 労苦は習慣づけることを通じて軽くなる。」

「あらゆる場合において

 魂は肉体よりも苦労が多く、

 辛い思いをするのだが、

 それでも、(魂の訓練は)

 より神的でより王者的なのである。」

 

ここでは多くは紹介しないが

王たる者に求められる

克己と訓練は

魂と肉体の両面において

社員を凌駕して

求められる。

さて、次のくだりは

迫真の名演説であるが

これは、

大哲学者のディオゲネス

(世の栄達を求めない

その思想は犬儒派といわれた)

と若きアレクサンドロス

(かのアレクサンダー大王)

との出会いという故事を

題材にしたディオンの創作だが

王の王たる姿勢に対する

激しい思いがほとばしる

名文であると思う。

それは、

その高名を聞いて

哲学者に会いに来た

アレクサンドロスが

「私はアレクサンドロスだ」

とあいさつしたのに対して、

「私は犬のディオゲネスだ」

とやり返し

「望むものはないか」

と訊いた若き帝王に対して

「陽がさえぎられるので

 そこをどいてほしい」

といったプライド高い哲学者

によせた

著者ディオンの思いである。

「王が悪い治世を行うことは、

 優れた人間が悪者である

 というのと同様に不可能だ。

 なぜなら、王は、

 人間のうちで最も優れた者であり、

 最も勇敢で、正しく、博愛的で、

 どんな労苦や欲望にも

 負けない人間なのだ。

 それともお前は、

 馬を駆ることができない者が

 御者になれると思うか?

 …それは不可能だ。…

 舵取りの技術のとおりに

 操舵するほかないように、

 王の術のとおりに

 王政を行なうしかないのだ

「お前が悪い、

 無知な人間であるかぎり、

 自身が最大の憎悪者であり

 敵であるということを

 お前の方で理解しないのだ。

 この男(自分)こそ、お前が

 ほかの誰よりも知らない者なのだ。

 無思慮な、たちの悪い人間は、

 皆、自分自身をしらないのだから。

 さもなければ、アポロンが

 この、自分自身を知れという命令を、

 各自にとって最も困難な課題として

 出すことはなかっただろう。

 それともお前は、

 無思慮が、それを有する者にとり、

 何にもまして最大の極限的な病であり、

 禍であるとは思わないか?

 無思慮な人間は、

 自分により禍をもたらすのだ

 とは思わないか?

 あるいはお前は、

 各自に最も害をなし、

 最も多い禍を引き起こすものを、

 彼にとり最大の憎悪者であり

 敵であるとみることに同意しないか?
 

 こういう意見に、

 怒り、じだんだを踏むがよい、

 そしてわたしを憎らしい

 きわみの男と見なし、

 皆に向かって私の悪口を言え。

 そして、その気になれば、

 槍で突き刺すがよい。

 わたしだけから

 お前は真実を聞かされるだろうし、

 ほかの誰からも

 それを学ぶことは

 できないだろうからな。

 皆、私よりも劣っていて、

 真実をいう

 自由な人間ではないのだ。」

 (ディオゲネスとアレクサンドロスの対話)

創業者は、この意味で

神に選ばれし者だといえる。

なぜなら、不適格者は

すでに淘汰されているはずだからだ。

ただし、中途半端に

生きながらえている

経営者は、ディオンのいうように

修養していかなければならない。

(もちろん誰でもそうだが)

問題は、二代目以降の経営者だ。

彼の、彼女の

リーダーシップの権限は

己の力で築きあげたものではない

(ことが多い)。

それゆえ、彼らは

ひとかどの実績を

達成しなければならないし、

人に負けない自己修練が必要だ。

そして現経営者は、

もしも自らの組織が

存続し続けてほしいと望むならば

(もちろんほとんどの

経営者がそうだろうが)

後継人材の厳しい選定と

その育成に

意を用いなければならない。

その折に

単にわが子息女だからという

理由で

適格に欠ける人間に

白羽を立てるといったことなど

厳に慎まなければならないことは

言うまでもない。

経営コンサルティングと会計事務所の融合

組織デザイン研究所&御堂筋税理士法人

税理士コンサルタント 小笠原 でした。


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