御堂筋税理士法人創業者ブログ

「その聖い恵みに対して、

かくも特別な愛に対して、

私は主にどう返礼をして

さしあげればいいのでしょうか。

私の心を

私の神さまにそっくりさし上げ、

心底から神さまと結ばれる以上に、

私が感謝をもって

さし上げることのできるものは

ありません。

私の魂が

神さまと完全に一つになったとき、

そのとき、私の内なるすべては、

歓喜にこおどりしましょう。

そのとき、

神さまは私に言われるでしょう。

もしもお前が

私と一緒にいたいと望むならば、

私はお前と一緒にいてあげよう、と。

それで私はこうお答えしましょう、

主よ、恐れ入りますが、

私と一緒にずっとおいで下さい、

御一緒にどうか

おいでを願います、と。」

トマス・ア・ケンピス

『キリストにならいて』の

終盤の一節である。

なんでこの本を買ったのだったかな?

本の表紙に

「世界中で聖書についで

最も読まれた書籍であるといわれる。」

とある。

ああ、そうだった。

トマス・ア・ケンピスは

14世紀末から15世紀末の

ドイツの人で

92年にわたる長い生涯のほとんどを

修道院で祈りと思索に生きた人だという。

この本は、修道士に対して

書かれたものだが

この文章に出会う

第四章は聖体拝受の秘蹟

(サクラメントという)

についての深い認識が綴られ

圧巻である。

訳者もあとがきの中で

「ほとんど祈りに近い風格を

備えている」

と書かれているが

まさに、そのとおりだと感じた。

「散文ではあるが、

人間の魂が永遠なるものを求めて

高く天上に向けられるときには

その言葉は祈りに似た韻律をおび、

詩に近いひびきをとることを

実証するような文章である。

本書が

人間の書いた書物の中で

最も美しい書物であると

評せられているのは、

それが聖餐の絶えざる導きによって

書かれたことを示唆するからである。」

とある。

キリスト教の教えは

シンプルで深く

それを2000年もの永きにわたり

一級の知性が追求してきた

ヨーロッパの思想に触れるとき

背筋を正さざるを得ない。

一方では

かくもの虚構(?)に

人生をささげてきた

時代、民族、人々を思うとき

畏怖をすら感じる。

これから先、キリスト教は

どのようになっていくのだろうか。

しかし我々一片の葦たる者が

人生のつらさに耐えて

生きていくには

信仰が必要なのだなあ。

私の人生に

祈りという経験は皆無だったが

この本やほかの本に

触発されるところも多いものだ。

いっぱい忘れているものがある。

内でまちがっているものがあるなあ

と思った。

経営コンサルティングと会計事務所の融合

組織デザイン研究所&御堂筋税理士法人

税理士コンサルタント 小笠原 でした。


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