御堂筋税理士法人創業者ブログ

旧約聖書に『ヨブ記』というのがある。
前から読もうと思っていたので、順番をすっ飛ばして読んでみた。
なぜなら、神様がある男にむちゃくちゃな仕打ちをするからである。
興味津々・・・

結論、めちゃくちゃやなあ。
これでもかというくらいの仕打ちである。
身も心も豊かであるある男が、
財産に、家族に、身体に、これでもかというほどの災難の連続が降りかかる。
彼はそれでも神を信じてたえる、でも救いを求めたい、文句のひとつもいいたくなる。

わたしは詩は苦手で、とにかく頭に入らない。
しかし、途中からがぜん目がことばを追いながら、
猛スピードで、ことばが情景になって頭にスムーズにしかも高速度で入ってきた。

第38章でこう詠われている。

そのとき、主は、嵐の中からヨブに話しかけられた。

「・・・私が尋ねるから教えてくれ。

私が地に基をおいたとき、おまえはどこにいたのか。
知っているなら言え。
だれがその尺度を決めたか知っているのか。
だれがそこに綱を引いたのか。
その土台は何の上に立ち、
だれが隅石をおいたのか。
朝の星がともに歌い、
神の子らが喜びおどっていたそのとき。
だれが海に戸を閉ざしたのか。
それが胎からあふれ出たときのことだ。
私がその上に雲をまとわせ、
黒雲を産衣としたときのことだ。
私はそれを境と定め、
扉とかんぬきをおいて、
〈これを越えてはならぬ〉と言った。
〈ここでお前の波の高ぶりはとどまる〉と。
おまえは生きているうちにただの一度でも朝に命令を下し、
暁の席を指し示したことがあるのか。
地から悪人をふり落すために、
私は地の果てまで暁をひろげた。
そして、印を押した粘土のように地はかわり、
服のように染まった。
暁は悪人から光を奪い、
さしのばしていたその腕を折る。
・・・」

以下長々と神のみ業と、人間の無力さが詠われる。
こうした神の啓示によって
最後まで神によって生かされると信じるヨブは救われるのである。
めでたしめでたし

実はこの結末の前に
なかなかの3人の友人とヨブとの議論による前ふりが濃く、長く、きつく続く。
へとへとに読み疲れたころに
この大団円というか種明かしというかが待っていて、われわれにおとずれるのである。
なかなか、やるねこの構成は、むかしからスペクタクルの仕立ては同じだなあ。

でも、その主張は確かにそうだなと思う。
医学も、科学も、哲学も

自然、環境、世界についてわからないことの方が
圧倒的に多い。

いろいろなことに接するにつけ
人間のおごりと勘違いと実際の力関係を考えさせられる。
ヨブ記の認識といっしょだ。

私も、素直な目で世界を見て、関わりたいと思う。

コンサルティングに強い税理士法人小笠原事務所 大阪 小笠原
でした。


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