御堂筋税理士法人創業者ブログ

大阪のコンサルティング税理士 小笠原 です。

来月の事務所の終日研修では
中世キリスト教神学について、スタッフに講義しなければなりません。
スタッフからは抗議が来そうですが、ハハハ。

「わしらコンサルティングファーム&会計事務所でっせ!
 なんで、そんなもんまで勉強せなあきまへんのや?」なんてね。

「まあ、ええから、ええから。
 勉強しとったらええことあるから、な、な、な。」

まったく、説得力ありませんが、
しかしじわじわこれが効いてくるわけです。

わたしたちが、暮らしているこの現代社会
東洋に生まれながら、価値観、思考や技術の大半は
残念ながらというべきか、西洋のものをベースにして
考え、行動し、暮らしているわけです。

自らをかえりみ、お客様や家族、自然との接し方
どう判断し、選択し、行動し、生きればよいのか
その基になるものについて
しっかりとした考え方をもっていることは
よりよく生き、働くためにとても価値あることなのではないでしょうか?

その中でキリスト教の考え方、価値観は
欧米、とりわけ世界をリードするアメリカなどの
アングロサクソンの考え方のベースですから
しっかり学びましょう、というわけです。

キリスト教は
ユダヤの教え、ギリシャの哲学、ローマの統治を源泉として
中世、世界史上その後現れていないほどに
ものすごい価値をベースにした世の中の統治を成し遂げました。
ルネッサンス以降の西洋世界の歩みは、
そうした教会権力からの脱却の歩みであるといえましょう。

キリスト教の考えのみなもとがどこにあり
それはどのような考え方なのかは
西洋の人たちの思考、規範、倫理の基準を知るために必要なものです。

だから、勉強し、一通りの知識をもっていてほしいと思うのです。

アリストテレス以来の論理学者と目される
バートランド・ラッセル卿もおっしゃるとおり、

こうした思想を学ぶときのこころの姿勢は
これだけの碩学が、命を掛けて永年思考を積み重ねてきたわけですから
そこには当然、敬意と尊敬をもって思想に触れる必要があり
学んでは、その後の世界に与えた影響について
批判的に検討してみる必要があると思うわけです。

というわけで、たまたま以前に買っておいた
永年日本で布教活動をされた、故フェデリコ・バルバロ神父翻訳の
講談社刊の『聖書』(すばらしくわかりやすいし、威厳にみちている)
を横に、
アイルランド出身の神学者、アリスター・E・マクグラス先生の著書
キリスト教神学入門』(体系的なものとしては随一ではないか)
をつれづれに読んでいきました。

読んでいくと、思いのほかおもしろく
(買ったときに160ページくらい読んだときは、
ほうほうの態で退散したのだが)
ついついかなり読み進みました。

神とはなにか?、神の現れ方とはなにか?・・・

神学の理屈は、当初迫害に対する自己防衛から
理論化されていったものですが、
事情があってローマ国教化したあとは
理論の体系化、総合化に向けて
華々しい神学者の活躍がありました。

そうした中で、神の啓示(この世に神の存在を現前させること)
キリストの受肉(この世にあらわれたこと)の意味や存在の定義、
サクラメント(聖なる儀式)の範囲、
キリスト教徒の信条・・・

全西洋の賢い人たちが脳みその知力を尽くして
理論構築し、論争し、進化発展させてきた
その壮大な流れ(今も続いているわけであるが)を読んでいくと
「なるほど、そういう考え方もあるのか!
 すごいなこの考え方の切り口は!
 そんなんいうたら、なんでもありやろ!」
とか、まあけっこうおもしろいわけです。

なんかのめり込みそうですが、
はたして、まとめる段にはどうしたらよいのか?検討がつきません。
まあ先のことはよいとして、読み漁りましょう!

コンサルティングに強い税理士小笠原/河原事務所 大阪 小笠原
でした。

※余談ですが、よるの8時、はじめてのお正月を長崎の実家で
過ごしてきた長男夫婦が車を返しがてら、家に立ち寄ってくれました。
新年の乾杯をして食事をして帰りました。なんか不思議な気分ですね。


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