御堂筋税理士法人創業者ブログ

(これは自分の頭の整理のために

書いています。

お許しください。)

 

『存在と時間』(Sein und Zeit)

 

20世紀を代表する哲学者

マルティン・ハイデッガーの代表作である。

 

 

20年前から書名は知っていたが

読む前から、エベレストに登るような

『とても僕にはムリムリムリ』

そんなことを感じていて

手に取る気にもならなかった。

 

時節の到来ということだろうか、

とうとうページを開いた、

そして読み終わった。

 

いま、不思議な満足感に包まれている。

 

うまくいえないが、

かつて、小さな時から

心の奥深く、持ち続け

誰にもいえず抱いた

生きることへの

解決することのない不安感、

 

その気持ちを、

そうだと思える言葉で

みごとに代弁してもらったという感覚である。

 

それは、

他人のことはわからないが、

ひょっとすると、誰もが持ち続ける

生と死のあいだに

ほんの一瞬、燃える

命の不条理の感覚

についてである。

 

ハイデッガーは

いつか読まなければならないと

いつも心の片隅にひっかかっていた。

 

だけど、難解だとか

ナチスへの入党歴もあるなどとか

あれこれと雑音を

吹き込まれてきた。

 

ところで、存在論というテーマは

哲学の中心課題だと思う。

 

ギリシアに哲学が起こって以来

哲学者たちは、

ものの本質とはなにか?

世界とはなにか?

宇宙はどうなっているのか?

自分とは何か?

存在とはなにか?

などを問い続けてきた。

 

古くは、

アリストテレス、アウグスティヌス、

デカルト、カントらが

自分とは、存在とは、認識とは何か?

信じられないような明晰な思考で

語ってきてくれた。

 

しかし、正直

私のような粗雑なあたまでは

到底、理解できないものばかりだった。

 

古代の思索、

キリストの神との対峙、

そこから解放された

啓蒙の光の中での

静態的な世界観での思考・・・

 

理想的で、高邁、厳密だが

生身の人間としての私には

正直、ピンとこない。

 

20世紀に生を受けた私にとっては

私の時代を共有できる

生の哲学が欲しかったのである。

それがハイデッガーなどが代表する

実存主義なのだろう。

 

自分の意志でもないのに

この世にポンと放り出された人間は

やがて、わたしってだーれ?

と思い、そして自分を認識する。

 

なんとなく

いつかこの世とおさらばするんだあ

などとぼんやりと、あるいは

痛切に思いながらも

それを延期して

仮面のように世間で生きていく。

 

そういえば、わたしも

三歳をすぎて自分を認識し

五歳のころ死の恐怖におびえた。

 

そのような恐怖感は成年にいたるまで

ときどき発作のように

我が身を襲ったものだった。

 

そうした、あり方、生きざまを

ハイデッガーは、

これ以上ない正確な表現で、

かつ独創的な言葉を使い

思弁的に、私たちに示してくれる。

 

それは、

西洋合理主義を突き詰めた上で、

それを通り抜けて

仏教的で、東洋的な

思想的感覚でもある。

だからなじみやすい。

 

以下はハイデッガーの書いたこと

に対する私の理解である。

 

人は自分の意志と関係なく

この世の中に放り出される。

周りの人やものの中で

日常生活を営んでいく。

そんな中で、

人は人生の真のありさまを直視せず

それを避け、世間で

日常にかまけて暮らしていく。

 

しかし、よくよく考えてみると

人間とは、そして人生とは

限られた時間の中で

成熟する時季から逆算して

生きていかねばならないという。

彼はそれを『時熟』と名づけた。

 

時熟とはなにか?

これはまったく私の受けとめ方だが、

それは、真・美・善を追求して

瞬間々々をしっかりと心に刻み

納得して生きていくことではないか。

そう教えられたような気がする。

 

この書は、若きハイデッガーが

次のような構想で書かれたという。

 

第一部

人間と人生を時間から解釈し

時間とは何かを考える。

 

第二部

これまでの主な存在論学説

デカルト、カント、アリストテレスを

人間が人間やもののあいだで

起こることの体験として

解釈する観点から検討する。

 

しかし実際には第一部しか

執筆されなかった。

うーん!ほんとうに第二部が

読みたかったのに~。

 

でも、いい。

人間、人生、時間、歴史といった

超重要なキーワードについて

かなり納得できる説明を

してもらっただけでも満足。

 

もう少しこのテーマ

欠けているピースがある。

年末からこの冬の間

 

8000メートル級の

ヒマラヤの峻峰のような

難解な哲学者に

挑んでいきたいなあと思っている。

 

途中で滑落死することになったら?

そんな恐れはない。

 

歯が立たないと思ったら、

わからないまま走り読みするし。

 

経営コンサルティングと

会計事務所の融合

 

組織デザイン研究所&

御堂筋税理士法人

 

小笠原でした。


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