おじいさんの読書記 『日本書紀』
2019.07.28
読書と修養
小生の読書の流れ
一つ前のブログで書いたように
思わぬ迷路に迷い込んだ感がある。
平家物語に続いて手にしたのは
『日本書紀』
いわずとしれた
古事記とならぶ
国史の黎明の書である。
古事記は、物語り風で、
こちらは、編年体。
人は物語りに反応する
という定説からすれば
古事記の方がおもしろい
ということになるのかもしれない。
まあでもそれはそれとして
書記もおもしろかった。
なぜって?そりゃ、
子どもの頃から耳にしたお話が
いろいろと登場するからである。
日本書紀は、
神代といわれる
天地開闢の神話の時代から筆を起こし、
第一代の神武天皇から
第四十一代の持統天皇までの
時代のエピソードを
舎人親王という人が
編集責任者として
まとめたものである。
まあ、いろいろの記録から
切り貼りしてまとめたのでしょうな。
神代ということになると
「くにのとこたちのみこと」
とおっしゃる神からはじまって
だれもが耳にしたことがある
「いざなぎのみこと」
「いざなみのみこと」にいたる
神世七代
天の浮橋から下を眺めて
おのころアイランド(淡路島)
をはじめ八つの島を
つくったというお話
そのあと、
「すさのおのみこと」やら
「天照大神」など
おなじみのキャラクターが
バンバン登場し
縦横無尽、奇想天外な
お話がわたしたちを楽しませる。
このへんは古事記におなじである。
そういえば、
中学校で学芸会で催された
海幸彦、山幸彦の話も登場する。
人間と世界を分断に導いた
かのユダヤ民族の『創世記』
のきびしさとはおおちがいの
おおらかで幼稚なお話である。
これらのお話についての
わたしの原風景は、
いまNHKの朝ドラで放映中の
『なつぞら』の
ヒロインのモデルが
活躍した東映動画
「わんぱく王子のおろち退治」
(めちゃなつかしい東映アニメ)
ディズニーに圧倒された東洋の子どもに
日本アニメのレベルの高さをみせつけた。
なつかしいな。
梅田にあった東映パラス劇場で見たし、
小学校の映画会でも見せてもらった。
ネットで見たら今でも見れるみたいだし
まごたちといっしょに見ようかなあ。
情操教育にもなるだろう。
さて、歴史的な天皇がたの
事績の記述は、
人によって濃淡がある。
やはり、よく名前を耳にする天皇’sの
事績は割かれるページも多い。
神武、神功皇后、仁徳天皇などである。
そういえば、余談だが
戦前は、小学校で
歴代天皇の名前を
暗記させられたようである。
たまに、母が口演したのを
耳にした記憶にある。
神武、綏靖、安寧、懿徳、
孝昭、孝安、孝霊、孝元…
てな感じである。
仁徳天皇などは、
やはり名の通り人格者である。
一方、武烈天皇など
暴君ネロなどとおなじような
どうしようもない野獣である。
とういうか精神倒錯者。
この辺は、信じられないくらい
率直に書かれている。拍手!
こういう、後継者は、
現代でもたまに
オーナー企業で見かける
国民や社員にとっては
笑い事では済まされない
悲劇である。
そこで気づいたのだが、
天皇の諡(おくりな)であるが
やはり生前のその方のキャラを
あらわすのだろうか?
ええ感じの文字の方はそんなキャラ
乱暴なキャラの方は、
武闘派的な文字?
だれか詳しい人教えてください。
さて、日本書紀
原文は漢文体である。
これを読むのはさすがにムリ。
なので今回は
残念ながら現代語訳である。
(講談社学術文庫の現代語訳)
たとえば、仁徳天皇の
割に有名なエピソード
「民のかまどに煙は立っているか?」
少し長いが紹介したい。
宇治谷猛さんの訳では
「四年春二月六日、
群臣に詔(みことのり)して、
『高殿に登って遥かにながめると、
人家の煙があたりに見られない。
これは人民たちが貧しくて、
炊(かし)ぐ人がないのだろう。
昔、聖王の御世には、
人民は君の徳をたたえる声をあげ、
家々では平和を喜ぶ
歌声があったという。
いま自分が政について三年たったが、
ほめたたえる声も起こらず、
炊煙はまばらになっている。
これは五穀実らず
百姓が窮乏しているのである。
都の内ですらこの様子だから、
都の外の遠い国では
どんなであろうか』
といわれた。」
「三月二十一日、詔して
「今後三年間すべて課税をやめ、
人民の苦しみを柔げよう』
といわれた。
この日から御衣や履物は
破れるまで使用され、
御食物は腐らなければ捨てられず、
心をそぎへらし
志をつつまやかにして、
民の負担を減らされた。
宮殿の垣はこわれても作らず
屋根の茅はくずれても葺かず、
雨風が漏れて御衣を濡らしたり、
星影が室内から見られるほどであった。
この後天候も穏やかに、
五穀豊穣が続き、
三年の間に人民は潤ってきて、
徳をほめる声も起こり、
炊煙も賑やかになってきた。」
「七年夏四月一日(旧暦である)
天皇が高殿に登って一望されると、
人家の煙は盛んに上がっていた。
皇后に語られ、
『自分はもう富んできた。
こなら心配はない。』といわれた。
(自分というおっしゃり方がすごい)
皇后が
『なんで富んできたといえるのでしょう』
といわれると、
『人家の煙が国に満ちている。
人民が富んでいるからと思われる』と。
皇后はまた
『宮の垣が崩れても修理もできず、
殿舎は破れ御衣が濡れる有様で、
なんで富んでいるといえるのでしょう」と。
天皇がいわれる。
『天が人君を立てるのは、
人民の為である。
だから人民が根本である。
それで古の聖王は、
一人でも人民に上や寒さに
苦しむものがあれば、
自分を責められた。
人民が貧しいのは
自分が貧しいのと同じである。
人民が富んだならば
自分が富んだことになる。
人民が富んでいるのに、
人君がまずしいということは
ないのである。」
感動的である。
さて、原文では、ここのくだりは
どう記されているのだろうか?
「四年春二月己未朔甲子、
詔群臣曰
「朕登高臺以遠望之、
(たとえば読み下すと
朕、高臺に登って、以て遠く之を望み)
烟氣不起於域中、
(烟氣、域中に於いて起らず)
以爲、百姓既貧而家無炊者。
(以て為す、百姓すでに貧しく、家は炊く者なし
てな感じだろうか)
朕聞、古聖王之世、
人々誦詠德之音、
毎家有康哉之歌。
今朕臨億兆、於茲三年、
頌音不聆、炊烟轉踈、
卽知、五穀不登、百姓窮乏也。
封畿之內、尚有不給者、
況乎畿外諸國耶。」
「三月己丑朔己酉、詔曰
「自今以後至于三年、悉除課役、
以息百姓之苦。」
是日始之、黼衣絓履、不弊盡不更爲也、
温飯煖羹、不酸鯘不易也、
削心約志、以從事乎無爲。
是以、宮垣崩而不造、
茅茨壞以不葺、
風雨入隙而沾衣被、
星辰漏壞而露床蓐。
是後、風雨順時、
五穀豐穰、三稔之間、百姓富寛、
頌德既滿、炊烟亦繁。
「七年夏四月辛未朔、
天皇、居臺上而遠望之、
烟氣多起。
是日、語皇后曰
「朕既富矣、更無愁焉。」
皇后對諮
「何謂富矣。」
天皇曰
「烟氣滿國、百姓自富歟。」
皇后且言
「宮垣壞而不得脩、殿屋破之衣被露、
何謂富乎。」
天皇曰
「其天之立君是爲百姓、
然則君以百姓爲本。
是以、古聖王者、
一人飢寒、顧之責身。
今百姓貧之則朕貧也、
百姓富之則朕富也。
未之有百姓富之君貧矣。」
世の東西を問わず、
名君とは、自らが率先し
民の苦しみを背負うものである。
そうして、
民が発奮し頑張るのである。
これが真のリーダーシップである。
わたしもできていないから
はずかしい。
書記を読みながら
総じて
「天は万物を覆い
地は万物を載せ、天を支える」
ということなのだと思った。
つまり、
リーダーシップと
フォロワーシップ、
仁と忠、
そうして、
万物が融和し、調和する
というわけだ。
さて、書記の話しは
現代(つまり編纂時)に近づくにつれ
話しが具体的になる。
特に見どころは、
一つには
推古天皇を輔弼した
日本最高の賢者
聖徳太子の偉業
冠位十二階制度と
十七条憲法の制定である。
十七条憲法など
致せり尽くせりであり、
行動指針をどう作りべきか
お悩みの経営者には、
下手な考え休むに似たり
(失礼)で、
そのままコピペされたら
いかがだろうか?
さらに
蘇我の入鹿、蝦夷の排除、
中臣の鎌足の台頭
などおなじみの古代のスペクタクル
朝鮮半島の諸王朝との
ぬきさしならない交流
そして
天智・天武・持統につながる
大化の改新である。
(考えてみれば
中学や高校の教科書など
ここらあたりをまとめているのだろう)
こうした、諸事績の中に
私たち中小企業が
組織化にあたって
行なっていくべき
制度の整備について
見習うべき基本思想がある。
それは、
地位と処遇制度であり
公正な報償のあり方である。
人間の統治の基本である。
この日本書紀に続き、
その後、時代々々で
正史が編まれた。
それを六国史という。
続日本紀、日本後記などである。
アマゾンで衝動的に
バスケットに入れてしまっているが
レジに移動する勇気はない。
買うと読まなければならないからである。
ただでも源氏物語九巻があるからだ。
経営コンサルティングと
会計事務所の統合
組織デザイン研究所&
御堂筋税理士法人
小笠原 でした。