御堂筋税理士法人創業者ブログ

 ゴールデンウィークも終りました。去年に続いてのコロナ下で自粛を強いられた一週間でしたが、皆さんはどのように過ごされたでしょうか?私は、本棚からまだ読んでいない何冊かの本を選び、読書で過ごしました。

 選んだ本は、『史記列伝2』(司馬遷)、『アブダクション』(米盛裕二)、『読書について』(小林秀雄)、『若菜集』(島崎藤村)『吾輩は猫である』『こころ』『草枕』(夏目漱石)などです。

 今年は、日本文学と中国思想の勉強を進めて行こうと思っています。1月、偶然からドナルド・キーンの『日本文学史』を読みました。その中で彼が高く評価している作家と作品を選び出し、アマゾンで大人買いをしました。なので読む本には事欠きません、というよりも在庫の山となっています。

 彼の書きっぷりを見ていると、明治以降の作家では、夏目漱石、島崎藤村、志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成、そして三島由紀夫が高峰だと考えているようです。中でも三島は、西洋ではもっとも知られた作家とか。高校のときに彼の衝撃的な自害に出あったトラウマから、三島を避けてきましたが、これから作品をじっくり味わってみたいと思いました。

 先月くらいから、仕事の区切りも少しついたので、ぼちぼちとそれらを読み始めています。先月は、田山花袋の『蒲団』、『田舎教師』、そして幸田露伴の『五重塔』を読みました、というかkindleで聞きました。そして、やっぱりキーンさんの評価する作品はすばらしいなあと思いました。

 花袋は、市井の人と生活の情景を淡々と描き、生きる苦しさを見事に表現していますし、露伴は、芸術家の情念を作品に投影させています。これらはなかなかいいなあと思いましたので、この調子でキーンさんの薦めに従って、文学を味わっていきたいと楽しみにしています。

 ところで、史記は世界史の教科書にも出てくる中国の史書の代表作です。伝説の帝王から漢の孝文帝までの事績を扱い、本紀と列伝からなっています。本紀では、堯舜禹や文王、武王といった孔子が理想とする帝王、春秋戦国の世を経て始皇帝による統一、その後の項羽と劉邦の戦いの後の漢による統一までの歴史が述べられます。列伝は、それぞれの時代における英傑たちの生きざまが語られます。

 今、列伝に入って、孔子の弟子たちの事績を読んでいます。生きざまに感動します。おもしろくてのめり込んでしまいそうです。先に読んだ『太平記』にも、史記からの膨大な引用がなされています。東洋倫理の勉強をしても、こうした英傑たちの生きざまはひんぱんに示されるので、やはり学びの人間にとっては最低限の教養なのでしょう。歴史書では、あと最低『春秋(左氏伝)』と『三国志』は読んでおかなければだめそうです。これは今年の課題。

 ここのところ、夏目漱石を読み進めています。なんというかすごいですね。古今東西にわたる文学や思想の学識に裏付けされた、機関銃のようにほとばしり出てくる文才に唖然とさせられます。

 キーンさんも書いていますが、日本語の文章表現は、古くは男は中国伝来の漢文でなされ、女は大和言葉でなされてきました。その後、漢文は読み下し文となって、和漢混合体として日本独特の格調高い語調を生みました。私も好きです。そして文語と口語の峻別から、明治以後言文一致体が追求されていきました。

 夏目漱石や島崎藤村などの文章を読んでいると、漢語、和語のボキャブラリーの豊富さに陶然とさせられます。また先に読んだ近松門左衛門の戯曲などの文章もすてきです。七五調はやっぱり日本語のリズムを代表すると思います。ああ、僕も、漱石のように絢爛で、鴎外のように簡潔で、和漢洋混淆のこんなすてきな文章が書けたらなあと憧れてしまいます。

 『アブダクション』はマネジメント・スキルを教育する必要性があって読みました。これがめっぽうおもしろかったです。長年のこの手(思考方法)のもやもやが晴れました。アブダクションというのは、仮説思考のことで、アメリカを代表する哲学者、チャールズ・サンダーズ・パースが彼の論文集で論じています。

 それはともかく、パースは、学問の体系を彼なりに体系化した中で、科学を経験的諸科学と規範科学とに大別しています。経験的諸科学とは、経済学や物理学、生物学、心理学などですが、それらの学問における思考方法一般を論じるのが規範科学の役目になります。規範科学には、美学、倫理学、論理学が入ります。美学は理念を、倫理学は正邪を、論理学は正しい思惟方法を扱います。論理学は倫理学に第一原理を求め、倫理学は美学に理念を求めます。してみると、美学は規範科学の根源に位置するのでしょうか。

 いい歳になるまで、そんなようには考えてこなかったです。やっぱり美は大事なんやなあと思いいたりました。さて美学の分野は、さまざまに分かれます。その一つが文学です。だから文学では、作者が表現し伝えたいことを感じ取らなければいけません。漱石や花袋や露伴が表現し伝えたかったことは何なのか?そんなことを考えながら本を読んでいます。

 小林秀雄の『読書について』の中に、読書に関する彼の助言が書かれています。せっかくだからご紹介しておきましょう。
1 常に第一流の作品のみを読め
2 一流作品は例外なく難解なものと知れ
3 一流作品の影響を恐れるな
4 若し或る名作家を択んだら彼の全集を読め
5 小説を小説だと思って読むな

 詳しい説明はおいておきますが、言われてみたらそのとおりだとあらためて思いました。やっぱり一流のものを経験し続けることが、よいものがわかるようになるための王道ですよね。

 昔、ワイン好きの大学の大先輩に「どうしたらワインがわかるようになりますか?」とお聞きしたら、「おいしいワインをたくさん味わうことや」と言われたことがあります。そのときはピンときませんでしたが、人の話を聞いても、自分の経験からも確かにそうですね。芸術などというものは、昔は王侯・貴族など、働かなくてもよい人たちだけが楽しめたものでした。幸い、美術館ができて、われわれ庶民でもこうした本物を見られる機会ができたおかげで、私たちも目を養うことができます。ありがたいことだと思います。

 絵画も彫刻も、建築も庭園も、歌舞伎もオペラも、ラーメンも餃子も、お菓子もスイーツも、お寿司も懐石料理も、ワインもウィスキーも、スーツもドレスも、小説も詩も、車も自転車も、映画もアニメも…みんなそうです。

 孔子は、詩が好きで『詩経』を編纂し、礼楽を統治の基本に置きましたが、弟子に詩の意義を問われて、「詩三百、一言以てこれをおおわば、思い邪(よこしま)なし」と述べられています。つまり、感奮、悲嘆したおりに、すなおな心情から叫ばれたものが詩だというわけです。けだしそのとおりでしょう。それだけに詩や音楽は、広い意味で人の通常の言葉では表現しきれない感情の表現であり、それゆえ理屈ではない、意識をもった生き物としての人間のやむにやまれぬ心持ちの表現なわけです。そこには分析はありません。思いがあるだけです。その思いを味わいたいものです。

 だから、パースが美学を、規範科学の最上流に置いたのではないでしょうか?日常の瑣事で錆びてしまっている、人間本来がもつ感性の磨きつつ文学を味わいたいなあと思っています。

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小笠原 でした。

 

 

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