御堂筋税理士法人創業者ブログ

大阪のコンサルティング税理士 小笠原 です。

今朝も少し早い目に目が覚めました。
目が覚めたら無理に寝ないで、
枕元の明かりを点け、本を開いています。

先日、ようやく自宅に持ち帰った
セイゴーさんの『千夜千冊』のうちの一冊、
『4 神の戦争・仏法の鬼』
古今東西の思想・宗教についての本が集められ、
その紹介がなされているのです。

それが今まで名前は聞いているが
中身はよう知らんなあ?というものばかりなので
とっても好奇心がそそられ、
ついついページを繰ってしまいます。
この本、かっぱえびせんみたいやなあ。

この本、わからない字や単語、
もっと知りたいことがたくさん出てくるので、
手元に電子辞書とインターネットを置かないと読めません。

今朝読んだところでもっともビンと来たのは
夢想疎石師の『夢中問答集』
夢想国師はたしか安岡正篤先生の『大学と小学』の表題ページ下に
「本を得ば末を憂ふる事なかれ」と書かれていたのを見て以来
なにか心に引っ掛かっています。

この本で初めて師が、鎌倉末期から南北朝にかけて
「七朝の帝師」といわれ、多くの為政者から
師と仰がれていたことを知りました。
さっそく、amazonで検索注文してしまいました。

次に、一休宗純(あの一休さんですね)『狂雲集』のところで、
著者はこう記しています。
少し長いですが気に入って、付箋をペタッと貼ったのでした。

「仏教とは造物主をたてない宗教である。ここがユダヤ教や
 キリスト教やイスラム教とはまったく異なっている。
【そうかそうか】
 そこで、たえず実在する存在が問題になる。
【そらそやなあ】
  この存在は食べもするし、病気もする。
 言葉をまちがうこともあれば、相手を憎むときもある。
 失恋もするし、セックスもする。
【うふふ】
 それらのすべてが自己回帰する存在なのである。
【なるほど】
 そのため、ここで『他者』というものが大きく関与する。
【ほうほう】
 なぜなら自己の存在は、他者によってしか
 オントロギッシュ(※存在論的)になりえない。
【対比やな】
  たとえば菩薩とは、修行を完了した者が
 他者を意識したときの姿の本来のことをいう。
【定義やな】
 そこに向かうことが菩薩行である。
なるほど・・】
 それをすることを仏教史では『大乗』とよんできた。
【そうかそうか】
 禅も、むろんこの大乗の菩薩を意図して他者に向かっていく。
【これやな!これがなきゃな!】
 あえていえば禅が自己の悟りを求めているなどというのは、
 わずか二十年だけのことなのだ。
 みだりに禅と自己発見などをつなげないほうがいい。
【そうすると自己発見もしていない僕なんかどないなるねん?】」

・・・こういう核心やポイントをついた解説が、
われわれ初学者にはとってもうれしいですね。

あと『イエズス会』から、モンテーュの『エセー』に来たところで
今朝は終了。えびせん5枚は食べたかなぁ。
なんせ全部で千枚以上あるのだから、
楽しみにとっておこう。当分は楽しめる。
ただし、食べ過ぎておなかを壊さないようにしなければね

コンサルティングに強い税理士小笠原/河原事務所 大阪 小笠原 でした。
 


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