御堂筋税理士法人創業者ブログ

 前回のブログに続いて、ローマの英雄、カエサルの演説その2である。これは、政敵ポンペイウスを追討した後の残党掃討作戦時におけるベテラン軍団の従軍拒否に対してなされたものである。まずは物語をご賞味ください。

『ローマ人の物語』(塩野七生著より)

「キケロの問題を解決した後でアッピア街道を首都に向かったカエサルの許には、首都にいるアントニウスからの、緊急報告が次々ともたらされていた。ベテラン軍団兵士の一部が、従軍拒否していること、特に首謀格の第十軍団の兵士たちは、武器を手に首都まで押しかけ、城壁外のマルス広場で気勢をあげていること。法務官サルスティウス(後の歴史作家)に一時金支給という妥協案を持たせて派遣したのだが、兵士たちに追い払われてしまったこと。

  カエサルの第十軍団といえば、地中海世界ではもはや誰一人知らぬ者はいない、カエサルの子飼い中の子飼いであった。それが反旗をひるがえしたというのだから、ことは重大である。しかもカエサルには、北アフリカで兵力を集結中の、ポンペイウスの残党制圧という仕事が待っていた。それにはぜひとも、信頼できる彼らベテランが必要だったのである。

  アッピア街道から首都に入るのは、マルス広場とは反対の方角からなる南から入ることになる。首都入りしたカエサルは、危険を心配する側近たちの制止も聴き容れず、そのまま市内を縦断し、ストライキで気勢をあげている部下たちの前に姿を現わした。もはや擁護兵のようにさえなっていたゲルマンの騎兵隊も従えずに、武装の集団の前に姿を現わしたのである。カエサルにとっても第十軍団にとっても、一年ぶりの再会だった。

  演壇上に姿を現わしたカエサルは、呼びかけもなく前置きの言葉もなく、いきなり言った。
「何が望みか」
  兵士たちは口々に、退役させてもらいたい、と叫んだ。彼らも、次に待つのが北アフリカの戦場であることは知っている。それにはカエサルが、自分たちを必要としていることも知っていた。それゆえ退役を要求すれば、カエサルとて、一時金とか給料の値上げを約束するとかで、妥協に出てこざるをえないと踏んだのである。もともと彼らには、カエサルが戦いをつづけるかぎり退役する気持はなかったのだ。

 ところが、カエサルから返ってきた答えは次の一句だった。
「退役を許す」
予期しなかったカエサルの答えに、兵士たちの振りあげていた剣は自然に下に降り、やかましい叫び声も止まった。重い沈黙が支配する兵士たちの上に、カエサルの声だけがひびいた。

「市民諸君、諸君の給料もその他の報酬も、すべては約束どおり支払う。ただしそれは、わたしが、わたしに従いてきてくれる他の兵士たちとともに戦闘を終え、凱旋式までともに祝い終わった後で果す。諸君はその間、どことなりと安全な場所で待っていればよい」

  カエサルの子飼い中の子飼いと自負していた第十軍団の兵士たちにとっては、カエサルが自分たちに、市民諸君、と呼びかけたことがすでにショックだった。それまでのカエサルは、「戦友諸君」と呼びかけるのが常であったのだ。それが今、もはや退役してカエサルとは縁も切れた普通の市民並みの存在になったかのように、「市民諸君」である。カエサルは自分たちを他人あつかいしたと感じた彼らは従軍拒否もなければ報酬の値上げもない気持になっていた。

泣き出した兵士たちは、口々に叫んだ。
「兵士にもどしてくれ」
「カエサルの許で闘わせてくれ」
それらに対してカエサルは、答えもしなかった。これまでは、カエサルの第十軍団ということで肩で風切っていた彼らも意気消沈である。次の戦場となる北アフリカ行きの終結地はシチリア島のマルサラと決まった後も、そこまでの行軍命令は、第十軍団にだけは下らなかった。第十軍団の兵士たちは、集結命令を受けてシチリアに向かう他の軍団の後を、まるで負け犬のように従って行くしかなかったのである。カエサルからの参戦の許しが出たのは、マルス広場での“団体交渉”の日から数えて、二ヵ月近くが過ぎてからだった。

  もちろんのことカエサルは、第十軍団の参戦を、ボーナスもベース・アップもなしで勝ち取った。しかも、嘆願して参戦してもらうのではなく、兵士たちが自ら望んで従うという形で勝ち取ったのである。古代の史家たちは、このエピソードを紹介する際には異口同音に言う。『カエサルは、ただの一語で兵士たちの気分を逆転させた』

  『文章は、用いる言葉の選択で決まる』と書いたことのあるカエサルの、面目躍如たるエピソードである、アテネ留学という、学歴ならばカエサルより高学歴であったはずのポンペイウスだが、この種の才能は持ち合わせていなかった。」

 いかがだったでしょうか?赤子のような兵士たちの心理を読みつくし、自家薬籠中のものとして見事に彼らのこころを強力に引き寄せたカエサルの人心掌握術である。この人間の心理を知り尽くした、一度兵士たちを突き放したあと、その力をものの見事に逆向きに噴射させる話術は、圧巻である。感嘆を通り越して唖然茫然である。まるで名関取の電光石火のはたき込みの切れ味、名人芸である。残念ながら小生如き小者には到底まねできない荒業でもある。

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