御堂筋税理士法人創業者ブログ

「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」(吉田松陰先生)

 事務所のUさんから、思想について個人的に話を聴きたいというリクエストがあった。よろこんで承諾した。私はこのような、積極的な向学心は大好きだし、それゆえこころよく時間を割く。2回に分けて私の考えを聞かせてあげた。こうした機会は、実は私の頭の整理にもなるので大変ありがたいのだ。

 1回目はうかつにも録画をしていなかった。そこで2回目はUさんにお願いして録画してもらった。それは、録画から筆耕すれば、会社の人たちに私の哲学からの学びを伝えることができると思ったからだ。そうしてまとめたものが、これから順次ご紹介する文章である。

 こうしたことをまとめた動機は、私の人生の生き方と仕事のしかた、人との交わりで大切にしている価値観が、主として西洋哲学と東洋哲学から学んだものであって、ぜひ社員の諸氏にこの組織の祖家である小笠原の考え方をわかっておいてもらいたいからであった。

 もちろん、私のような万年初学者の認めたものだから、書いた内容は、底が浅いし、見当違いも甚だしく、第一にきちんと理解できていないから、ご批判はご容赦願いたい。まあ、苦笑して、あほな奴やなあ程度で留めておいていただけるとありがたい。では、恥を忍んで公にさせていただくこととする。

 哲学ということばは、Philosophyの訳語である。Philosophyは、ギリシャ語のPhilosophia( φιλοσοφία)に由来している。フィロソフィアとは、知(ソフィア)を愛する(フィロス)という意味である。

 古来、人は未来を予測したり、現象の原因を知ろうとした場合には、神様の感情にそれを求めたり、占いによりそれを求めたりした。しかし古代の人は、確かな知を求めて、哲学をしていった。それは、やむに已まれぬ人間のもつ好奇心、探求心の現われであった。確かな知をもつことで、物事の本質や現象の原因が判り、予測が可能になり、対処ができるようになる。

 そして、それはやがて科学となっていった。それに従い、人類の文明は発展していった。哲学という訳語は、西周が造語したものである。哲学とは、道理を明らかにするの学という意味である。

 そういうわけであるから、哲学の分野で探求することには、基本的に人が思考するすべての分野が含まれる。それは事物の本質を明らかにすることである。外の世界についてそれを考える時には、自然とはなにか、その究極的本質実在はなにかである。また内なる自分を見つめる場合には、精神とはなにか、思考するとはなにか、生きるとはなにかである。それは真・善・美の追求である。さらに人はさらなる難題にも思いを馳せる。神とはなにか、死とはなにかである。

 哲学は前6世紀、小アジアのギリシャ世界、イオニアでの自然哲学に始まるとされる。タレス(前624頃~546頃)から始まるその系譜において、ヘラクレイトス(前540頃~480頃)の「万物は流転する」という主張やデモクリトス(前460頃~370頃)の原子論などは、すばらしい独創的な発想だと思う。現在の科学や思潮の基礎概念となる着想である。

 さて、こうした自然の帰一する原理と法則の探求から、その矢先を自分自身に向けなおさせたのが、プラトンの師、アテネのソクラテス(前470頃~399)である。ソクラテスは私が尊敬してやまない偉大な哲学者である。

 ソクラテス自身は本を書いていないが、プラトン(前427~347)の『ソクラテスの弁明』や、クセノポン(前427~345)の『ソークラテースの思い出』などの書物を通じて知られるソクラテスの思想と生きざまは、私の魂を揺さぶる。彼は自らの思想に殉じて毒杯をあげ慫慂と死を受け入れる。古来こうした哲学者はそれゆえに一段と尊敬されている。

 ソクラテスを受け継いだプラトンは、哲学全分野にわたる知の巨人、西洋最高の哲学者である。その後のすべての西洋哲学はプラトンの注解だと言われるほどである。彼の思想は一言でいえば、理想主義である。イデアの発見はプラトンによる。プラトンは、始め政治家を志したが、のちに転じて教育者になり、アテネ郊外に学苑(アカデミア)を創始し後進の指導にあたった。

 その弟子、アリストテレス(前384~322)も哲学の全分野をカバーしている。彼はアレクサンドロス大王(前356~323)の家庭教師としても知られ、やはりアテネの郊外に学園(リュケイオン)を運営した。彼の思想は、現実主義である。

 理想主義と現実主義は、ユング(1875~1961)によって、人類の歴史の相克をもたらした原因とされる。そのちがいは、人間の思考形式のタイプによる。カール・ポパー(1902~94)は『開かれた社会とその敵』で理想主義の危険性を主張したが、私も同意する。しかし、私自身はどちらかといえば理想主義者である。

 プラトンの思想は、その後、紀元をまたいでプロティノス(205~270)らの新プラトン主義に受け継がれる。第一者からの放射として描かれるその世界観は、教父哲学者の最高峰、アウグスチヌス(354~430)によって、キリスト教の哲学的理論確立に援用される。彼の主著『神の国』は、それを説く長大な名作である。私はアウグスチヌスの率直な人柄と、なにより“主意主義”という意志を知性の上に置く考え方に共感する。

 それとは別に、当時ギリシャの属領だったイタリアにも有力な哲学の一派があらわれる。それがピタゴラス派である。彼らは数学の称揚で知られる。思考における数学の特殊さと明晰さは論を待たない。ピタゴラス(前582~前496)の功績は人類の財産である。

 ギリシァでは、哲学以外にも多くの思考業績が現われた。ヘロドトス(?)の『歴史』、トゥキュディデス(?)の『戦史』は歴史書の始原であり、感動的にまた冷静に民族の歴史を記録する。プルタルコス(46頃~119頃)の『対比列伝』は、アテネとローマの勇猛な偉人たちを比較しながら考察する人物伝のはしりである。さらに、ストラボン(前64頃~24)は当時の地中海世界を隈なく見て回り、その著書『地誌』は地理学の最初に位置づけられる。

 ギリシャに代って地中海世界を制覇したのはローマであった。ローマ人は実学主義であり、法律、建築土木、軍事には天才的な能力を示したが、思想の花は咲かなかった。その分野では、わずかにキケロ(前106~前43)とセネカ(前1~65)が気を吐く。キケロは『義務について』で、思慮・正義・勇気・節制の四徳を論じ、セネカは『怒りについて』で感情の制御を教えてくれた。これらの考え方は、ソクラテスの思想と共に、私の価値観とその修養法に影響を与えている。

 私は、それよりも同時代の英雄、ユリウス・カエサル(前100~前43)の人柄に惚れた。カエサル(『ガリア戦記』)とマケドニアのアレクサンドロス(アッリアノス(?)の『アレクサンドロス東征記』による)は、私の憧れである。彼らの男気、弁舌にあえば、おそらく私は命を預けるだろう。

 カエサルの少し後の時代、ユダヤの地でイエス・キリスト(前6頃~30頃)が聖なる教えを説いていた。イエスが保守派の策略により、ゴルゴダの丘で磔刑に遭って以後、その弟子たちはペテロをリーダーとして福音の伝道を始めた。そこに回心者パウロが加わった教団は、世界宗教となっていった。その伝道のツールが福音書(『マタイ福音書』ほかの福音書、『使徒行伝』や各種手紙など)である。福音書にあるイエスのことばや行動の軌跡はやはり高貴なものである。

 さて、五賢帝時代にピークを迎えたローマ帝国も、多民族懐柔の必要性から、キリスト教を認め、さらには国教化して、旧来の神々を廃却してしまう。そうしてゲルマン諸民族の侵入を受け続け、ついにローマは滅亡する。

 西洋世界を制したキリスト教では、その布教、護教の理論として神学が必要となる。とはいうものの、イエスの生涯と奇跡を著した福音書では、イエスの磔刑と復活が描かれる。それを体感した人が500人を超えるということが、それを現実に起こったことだと証明しているとも言えるが、やはり話自体はそんなバカなという思いを抱かせる。それを正当化するわけだからその構築には苦労が伴う。最大の神学者、アウグスチヌスは、その主著『神の国』において、新プラトン派の一者からの流出という観念を巧みに利用して、神学を形づくった。アウグスチヌスは、その率直な告白や時間の考察で、古代末期最大の偉大な哲学者である。

続く

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御堂筋税理士法人&組織デザイン研究所

小笠原 でした。

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