人間の形成を脳科学から見るというおもしろい本
2020.10.03
読書と修養
AIの研究と発達の歴史を読んで、いたく刺激を受けてわたしの本読みもあらぬ方向にはまってしまっています。それは脳科学や認知心理学の分野です。
別にわたしはそんな研究にいそしむわけはなく、ただ仕事の上で、リーダーが世界をどう理解するか、どう自分自身が成長していくかについて、もっと確かな知識がほしいので、こうした本を読んでいるわけです。そうすれば、より確信をもって、仕事をしていけるし、自分も実践できるからです。
さて、最近読んだ興味深い本が『嘘つきたち、恋人たち、そしてヒーローたち』という本です。サブタイトルが『新しい脳科学が、私たちはどのようにしてわたしたちになるかについて明らかにしていること』ということですから、これは、人間の形成を脳科学の分野の研究から科学的につまびらかにしていく試みだということです。
著者は、テレンス・J・セーノフスキーといって、興味深く読んだ『ディープラーニング革命』の著者です。なおその本については去る8月にブログで紹介していますので、ご興味があればご覧ください。
この本では、上記のテーマが10章に分けて追究されています。
1 わたしたちの脳、わたしたち自身
2 つながりを形成する
3 どのようにして人間は作られるか、1.6%の問題解決
(チンパンジーとの遺伝子のちがいがそれだけしかないのということ)
4 遠い岸辺での生活:心のルビコンを渡る
(人が意識を持ったことを、有名なカエサルのルビコン川の渡河にたとえる)
5 思考と感情の間、情動の不思議
6 あなたになる;遺伝子、子育てそして人格
(氏より育ちということ)
7 友達、恋人、市民:人とともにいる生活の不思議
(人は社会的動物だということ=アリストテレス)
8 内なる殺人者:兵士としての殺人者から民衆の殺人者へ
(なぜ残虐無道なことをしでかすのか)
9 知性の中:わたしたちを賢くするものを再考する
10 幸せの追求
あとがき 9月11日(ニューヨークのテロ)以降
こんな内容でして、あまりにもむごたらしいエピソードも出てきて、読むのがおぞましいところもありましたが、とても興味深く科学的な説明に読み入ってしまいました。
それで、なるほどなあととても納得したところを、なぜそう思ったかも含めてご紹介しておきます。
「脳の階層的な発達と組織化は、建設的な学習と手を携えながら長期にわたる発達の利点を明らかにする。あなたは、経験の上に経験を重ねていくことなしに、言語、複雑な思考そして社会的スキルといったこころの偉大な構造を築き上げることはできない。」
特に大人の学習は、経験と切っても切れません。これはアメリカの哲学者であり心理学者、教育学者でもあるジョン・デューイがいみじくも語ったことであり、その後の成人教育の思想的基礎になっています。
有名なコルブの経験学習理論、成人の学習は、経験→省察→概念化→試行というDCPAのサイクルによるという考えもその延長線上にあります。上に書かれていることもそれを裏付けているということです。
社員には(子供にも)経験を積ませないとだめなのですよね。ですから必然的に、ドラッカーさんが教えてくれる、失敗に目をつぶるという姿勢をトップはもたなければならないことになるのですよね。失敗を責める経営者はこうしたきちんとした科学的な洞察に欠けていることになります。こうした洞察をしっかりともっていれば、ついついカッとなる情動を制御できるようになるわけです。めちゃ苦しいですが。男は(現代では女も)黙って耐える!とチャーチルが言ったように。それを見ている社員が、われわれを立派なリーダーか、しょうむない奴やなのどちらかで評価するのですよね。どっちが得でしょうか?
「人間の発達は、究極的に他者を心をもち、信念、欲望、希望やそのほかに意図に満ちみちた人として理解する能力に依存している。…大脳前頭前野は、自己への気づきと社会的認知に緊密に結ばれている。」
「もっとも基本的な教訓は、人間の進化は特定された脳の機能が単純にどんどんと蓄積されることによるだけではない。進化は、世界との増えつづける複雑な相互作用によってなされうる、がっしりとした発達プログラムの出現によるのである。」
「脳内のいくつかの変化は、われわれの祖先により複雑な社会組織を創り出させることで現れた。それがつぎに新しい文化の可能性を開いた。このことが、われわれの前頭前野にバックされるように導く、その役割は、自分自身や他者を、信念や欲望をもった人間として理解することである。そして次に、言葉とそのほかのシンボルのシステムの出現、人間の文化の記号要素という決定的なものが現れるのである。」
先祖→道具の工夫→社会組織化の能力(おそらく狩猟や農業の必要で)→コミュニケーションの必要→言葉の獲得というステップが人間の進化なのでしょう。偉大な洞察だなあと思いました。
「脳は、生き残りのために重要な未来のできごとを予測するために、過去の経験から集められた情報を使う予測マシーンである。」
人は、予測とその報酬を比較し、そして意思決定するのです。いきあたりばったり、環境に脅かされ続ける生活から、自然現象の説明と予測へ。これが科学の発達のテーマでした。
人は遺伝子によって人柄や知能は基礎づけられますが、一方環境によっても著しい影響を受けます。これはわたしたちも体験的にそ思うところでしょう。
「パーソナリティは各個人が子供時代を生き抜くための努力を解発する戦略のレパートリーである」
特に、兄弟姉妹関係における位置が影響要因として大きいそうです。性格特性モデルでは、人の性質は、外向性の程度、従順性の程度、経験への開放性、神経質さ、慎重さによるそうですが、それも上の状況によって変えられるという考え方のようです。
ところで、人間は脳が進化するにつれて、生育にかかる時間がたいへん長くなり、その間の子供の保護の必要性から、集団で赤ちゃんを護るという集団社会ができたとのことです。この巨大化した脳と、拡張された家族、つまり社会が、ヒトという種が進化した成功要因だそうです。
そして道具と言葉の発明と発達が食料調達法を良くし、種としての再生産力が高まり、その結果今のような膨大な人口に増えました。これが最初の産業革命だったのです。
人間の場合、子育てに長ーい年月がかかるため、家族のきずなを永続させるため、一夫一婦制になっていて、それは費用対効果がとてもいいのだといいます。
人間が進化して、本能から認知的制御に行動をシフトさせ、こうして経験と価値づけによって人間は生涯にわたって発達をできるようになりました。そして社会的なつながりは社会資本となったのです。人間の社会の生成と発展を生物学的に説明されていて、とても納得しました。
「社会のからまった蜘蛛の巣のようなネットワーク、脳内の情動、知性そしてモチベーションのシステムが、あなたという人間を作っている。」
「読書力は、教育的な成功、そしてそれゆえの人生の成果のもっとも強い予測者の一つである。」
この個所をご紹介したのは、一つにはわが師の森信三先生の読書の位置づけとかぶるからですが、もうひとつは、採用の面接において本の1ページでも読ませることがふと頭をよぎったからです。
さて、人がいつまでも活力に満ちた人生を送るための秘訣はなにでしょうか?この本では、脳科学の知見から次の5つのことがらを提唱しています。
1 脳を刺激し続けること
「豊かで補償的な環境が、生涯を通じて脳と精神的なパフォーマンスにとてつもなくインパクトを与える」
2 目新しいことに探究する-好奇心を失わないことですね。
3 家族と社会とのかかわり
4 ポジティブな自己モデル化
「わたしたちの脳は、退職すると干からびていくようだ。」
だから、生涯現役が大事なわけです。なにかしか続けてください!わたしもみんなの邪魔にならないようなかたちで、生涯現役を模索していきます。
5 よく動けるからだ、よく回る脳みそ
運動により血管に酸素が回り、それが脳を活性化させるのだそうです。
わたしも、いい加減に生きて家内や子供たち、さらには周囲の人々のの足手まといにならないように活力に満ちて生きていきます!
子供の時からゲームなどばかりしていると、「こうした不活動は、のちの人生において、肉体的な問題を起こすリスクに若い世代をさらすのみならず、十分な知性の開発を妨げ、後々のメンタルの後退のリスクに彼らをさらす。」
1946年にヘッブという心理学者が、不思議な脳のニューロンのシナプスでの発火による情報の伝達が、行動や情動、感覚や思考の秘密を解き明かすカギであると、ダーウィンの進化論に並ぶ、記念碑的な名著『行動の機構』(のちの人工知能の考え方などに深遠な影響を与えた)で初めてあきらかにしました。
わたしたちの脳はまだまだわからないことだらけのワンダーワールドのようです。その中でいくつもの物質がさまざまな情動を引き起こす役割を担っているということがあきらかになってきつつあります。興味は尽きないですねえ。
それはそれとして、この本で、わたしたちは人として周囲との健全なかかわりあいの中で自らの能力を開発し、それぞれの豊かな人生を創り出していくことができるのだということを教えてもらった気がします。そしてその生理学的背景に不思議な脳のメカニズムがあるというわけです。
会計事務所と経営コンサルティングの融合
御堂筋税理士法人&組織デザイン研究所
小笠原でした。