御堂筋税理士法人創業者ブログ

小笠原です。

ひさしぶりに道学の本を読みました。

『鳩翁道話』

江戸後期の石門心学の徒、

柴田鳩翁先生の講話を採録したものです。

貴重な臨場感ある清話です。

 

2013年に買うたので

長期在庫品でしたが

さすがに不良在庫化してませんでした。

 

(岩波文庫版)

 

 

(古文書)

 

その構成は、

孟子、大学、中庸の神髄を示し、

その意味を庶民に説くこと

限りなくわかりやすいので

びっくりしました。

さらに実話の例が

詳細を極めて紹介されています。

 

道学は、孔子門下の儒学を

われわれ賤の男・賤の女に

説いてくださったもの。

 

永遠の初学者、

破門寸前の末席に連なる者には

ありがたいことこの上なしでした。

 

ちょっとだけさわりをご紹介

(なお詳しいものはワード8ページ

 でまとめています。

 ご希望の方は

 メールなりメッセンジャーなりで

 リクエストください)

 

圧巻は中庸の解説です。

 

中庸章句冒頭は

次のように始まります。

 

「天の命ずるをこれ性と謂う。
性に率うをこれ道と謂う。
道を脩むるをこれ教と謂う。

道は、須臾も離るべからざるなり。
離るべきは道に非ざるなり。

是の故に

君子はその睹ざる所に戒慎し、

その聞かざる所に恐懼す。
隠れたるより見わるるは莫く、

微かなるより顕わるるは莫し。
故に君子はその独を慎むなり。

喜怒哀楽の未だ発せざる、

これを中と謂う。
発して皆な節に中る、

これを和と謂う。

中なる者は天下の大本なり。
和なる者は天下の達道なり。
中和を致して、天地位し、万物育す。」

 

実に懇切、完璧なる論理性!

さて以下は

鳩翁先生の解説です。

 

「さて、天の命と申すは、

天のいひつけと申すことぢゃ。

時に天といへば、

青い雲や黒い雲ぢゃと、

思しめそうが、

左様ではござりませぬ。

 

天は音もなく、香もなく、

ただ物を生ずる理がござります、

これをさして天と申します。

形の事ではござりませぬ。

 

しからば、其形もない天が、

何をいひつけるかというと、

それは元享利貞と申して、

元ははじまる、享はとほる、

利はとげる、貞はなるといふて、

これらを天の四徳といふ。

 

今一段はっきりと申そうならば、

春夏秋冬なのです。
 

春になれば、花が咲き芽を出す、

これを元(はじめ)と申します。

 

夏になれば枝葉が出て、

草木のすがた、うるはしう成る、

これを享(とほる)といふ。

 

秋になれば、草も木も皆実ができる、

これを利(とげる)といふ。

 

冬になれば、木の葉は散り、

実は熟して、種になる、

これを貞(なる)といふ。

 

四時おこなはれ、百物なると、

孔夫子も仰せられました。
 

さて之を性といふ、

之とは、天の命をさして申し、

性とは、人のうまれつきの心

と申すことぢゃ。

 

即ち元享利貞の天理をうけて性となる。

かかるがゆえに、朱文公(朱子)は、

性は理なりと仰せられまして、

(性即理説である)

即ち本心の事でござります。

 

この本心は、

天理を其まま受けましたる故、

仁義禮智信の徳をそなへます。
 

くはしう申せば、

天徳の元は、物のはじめなり。

四季にとれば春なり、

五行にとれば木也、

方角にとれば東なり、

性の徳にとれば、仁でござります。

又天徳の享は、物のとほるなり。

四季にとれば夏なり、

五行にとれば火なり、

方角にとれば南なり、

性の徳にとれば禮でござります。
 

さてまた天徳の利は、物のとげるなり。

四季にとれば秋なり、

五行にとれば金なり、

方角にとれば西なり、

性の徳にとれば義でござります。
 

また天徳の貞は物のなるなり、

四季にとれば冬也、

五行にとれば水也、

方角にとれば北なり、

性の徳にとれば、智でござります。
 

されば、小学の題辞にも、

元享利貞は天道の常、

仁義禮智は人性の網と仰せられました。

 

さて五常の信は、四季の土用、

五行の土、方角の中央と同じことで、

理において、

少しも替はる事はござりませぬ。

 

この変はらぬ理が人々に具はるうへは、

天のいひ付けに違ひはない。

故に天の命これを性といふと、

申しております。」
 

つまりここまでをまとめると

 

天理 元享利貞
方角 東西南北
五行 木火金水 土
四季 春夏秋冬
  性   仁義禮智 信
 

「生まれつきのこころは、

一列に善なれども、気質のちがひで、

下愚も出来、賢もできる、

過ぎたるもあり、およばぬもあり、

 

天命の性は無欲にして、

義理ばかりでござりますれども、

形にあひますると、

形の欲にひかれる所が出来まする。

 

そこで得ては道をふみはづす、

難儀なものぢゃ。

かるがゆゑに道を修むる、

これを教へというと申しております。

 

修むるとは、ものの損じたるを

修復するこころもちぢゃ。

人の性は善なれども、

形にひかれて、次第に欲が出来る。

 

此の欲が段々ふかうなり、

終いには大ゆがみにゆがんで、

人の道をうしなひまする。

 

そこで、教へをたてて、

人々の分に応じて、

其ゆがみを修覆いたし、

もとの本心に立ちもどらせ、

人の道をつとめさすのが、

是則道ををさむる、之を教へといふと、

御示しなされたのでござります。
 

さて中庸と申す事は、

道理にしたがうて、

此の方に一物なければ、

眞の中にて、

これを君子時に中すと申します。

 

されば、鏡の空なるがごとく、

衡の平なるがごとく、

只何ともないが中の極意ぢゃ。

もし一物があれば、

鏡は形をうつさず、衡目はくるふ。

さるによって、

堯舜(伝説の聖王たち)も

中を執れと仰せられました。」

 

『允に其中を執れ』とは

中庸の精髄であります。

 

「赤子も次第に成人して、

親につかへ、主につかへ、

身をたて、名を後世に揚げるが、

人の道ぢゃ。

 

さて道ををさむる、これを教えといふは、

段々と大きうなって人にまじはり、

ものにふれ、人欲のよごれがつき、

後には、おれがおれがの、

気随気ままがたまって、

天理をふさぐ様になる。

 

聖人の教を聞きて、腹の中を掃除すれば、

元の赤子とおなじ事で、

腹の中が綺麗になり、

本心にたちもどられます。

御合点がまいりましたか?」

 

いかがでしょうか?

御合点がまいられましたでしょうか?

わたしとしては

チョーわかりやすく

すかっとしたしだいでした。

 

経営コンサルティングと

会計事務所の融合

 

組織デザイン研究所&

御堂筋税理士法人

 

小笠原 でした。
 


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